- Dhyāna(デャーナ)瞑想とは
- ベーシックパーソンに引き下がる瞑想
- Japa(ジャパ)瞑想
- Upāsana(ウパーサナ)
- Saguṇa-brahma(サグナブランマ)
- Nirguṇa-brahma(ニルグナブランマ)
- Śravaṇa(シュラバナ) Manana(マナナ) Nididdhyāsana(ニッディッデャーサナ)
Dhyāna(デャーナ)瞑想とは
Dhyāna(デャーナ)、瞑想をするということは、聖典を学びながら教わったことを思考の中で理解に落とし込んでいく作業です。瞑想だけでは真の満たされた自己に落ち着くことはできず、一時的な心地良い体験にとどまってしまうため、日常生活の中で起こる様々な問題の根本的な解決にはつながりません。瞑想をすることと知識を学ぶことを同時に行なうことによって、自分とは何かを完全に理解していくことができ、全ての問題解決になっていきます。どこかに探しに行かなくても、今ここで、この瞬間にも常にある私こそが幸せであると理解するための補助的な手段です。
瞑想の定義は、saguṇa brahma viśaya vyāpārāḥ(サグナブランマヴィシャヤヴャーパーラハ)といわれる、Īśvaraが姿形を装って現れたBrahmanとのつながりを見るための、考えレベルでの行いです。瞑想の目的は、自己の本質を理解する上で妨げになっている上乗せした間違いや誤解など、思考の障害を取り除くことです。聖典の学びが深まるとともに瞑想のレベルも深まり、学んでいる知識が明確になります。思考の明晰さが増すと、自分とは何かを完全に理解でき、今まで妨げになっていた無知による上乗せした思考、つまり個人の観念を根こそぎ破壊します。そうすると、あらゆる問題から解放され自由になります。
外側の状況や人に執着し依存すると苦しみが生じ、外側の人や状況を変えようとします。しかし、変えられるものと変えられないものがあることを見極め、外側ではなく自分自身の妨げになっている内側の道具である考えの無知を追い払い、上乗せした見方により感情の起伏が起こることを理解し、自己の性癖に気付いて正しい見方に修正していくことです。
ベーシックパーソンに引き下がる瞑想
ヴェーダーンタを学びながら実践する瞑想の前に、心理学レベルでの瞑想を習慣にすることは一人でもできます。その際の方法もご紹介します。
1. Āsana siddhi(アーサナシッディ)座る
- 背筋を伸ばし緊張を緩めて座を安定させます。
- 目を大きく開けてからゆっくりと優しく閉じます。
2. Prāṇāyāma(プラーナーヤーマ)片鼻呼吸法
- プラーナーヤーマ(片鼻呼吸法)を行います。左から4秒吸って、両鼻を押さえ16秒保持し、右から8秒で吐きます。慣れてきたら1:4:2などの割合で秒数を伸ばしていって下さい。
3. Kīrtan(キールタン)唱う
4. 肉体を観察します
5. 呼吸を観察します
6. 触感を観察します
7. 音を観察します
8. 思考を観察し消えていくのを待ちます
9. 自然の風景を思い起こし、落ち着いているのを観察します
10. 身近な人々を思い起こします
- 自分の役割自分の役割が現れるのを観察し、役割と役割ではない自分に気付きスペースを取ります。
11. 不快な人を思い出します
- 感情が湧き起こるのを観察します。
- 自分にはそう見えるのだと言葉を思い浮かべ、感情と観察者の間のスペースを取ります。相手にはそうせざるを得ない背景があることを思い浮かべ、変えられないことを受け入れます。自分にもそのような感情が湧き起こる背景があることを受け入れ、押さえ込もうとしたり消そうとすることなく受け入れます。人の感情が起こる背景にはイーシュヴァラがあることを思い起こし、理解して受け入れます。
12. 今の自分をそのまま受け入れます
13. 穏やかに落ち着いて静寂なベーシックパーソンに引き下がります
- そのままの状態でイーシュヴァラを思い起こし祈ります。
自分自身の本来の姿であるベーシックパーソンに引き下がる瞑想を毎日習慣にしてみると、今まで感情や思考の波が動き回っていたことから落ち着いていきます。
まずはこの瞑想から始めてみると日常が落ち着いていきますので、ぜひご参考にして下さい。
Japa瞑想
Vedāntaを学ぶ前でも、Japaという瞑想法は誰にでも簡単にできます。
Japaのjaは、saṃsāra(サンサーラ)、生死のサイクルを終わりにさせるという意味で、paは、全ての不純なものや障害物を取り除くことで、真の自由への道を切り拓きます。
最初のステップは、短いマントラや神の御名を繰り返し、自分の考えがマントラから逸れていくのに気付き、再びマントラに戻す方法です。
次のステップは、マントラとマントラの間の、何もないように思えるところに気付いていく方法です。
一定期間、座って繰り返すことから、日常生活の中で感情が湧き起こり巻き込まれそうになる時や、忙しすぎて思考の整理ができない時などに行うと効果的です。Vedāntaを学ぶ前でも学び始めてからでも役に立ちますので、自分の好きな神を呼ぶマントラや、先生から頂いたマントラを繰り返してみて下さい。
upāsana
Vedāntaを学び始めてからは、世界を祭壇にしたkarmayogaの中で全てがĪśvaraであり、自ら捧げるものもĪśvara、与えられるものもĪśvaraからのprasāda(プラサーダ)であると見る瞑想、upāsanaをします。これによって今まで外側に追い求めていた願望と執着が薄れていきます。
ありとあらゆるものへの執着によって、私のもの、私がやったことなど、所有欲や自己顕示欲があったものが消退し、すべては一時的に管理しているだけであることを理解します。この地球も宇宙全体も、たった一人のĪśvaraであり、与えれば与えられ、搾取すれば搾取されながら姿形を変容させながらも一定の質量に保たれているのが物理的世界です。その背景にはすべてを統括している存在があることが明確になっていきます。
Saguṇa brahma(サグナブランマ)とnirguṇa brahma(ニルグナブランマ)
Saguṇa brahmaは姿形あるものへの瞑想で、初めのうちはお気に入りのdevatā(デーヴァター)、神々の偶像や写真などを用いて祈りの練習をしていきます。目の前の対象物にĪśvaraを思い起こし、その限られた時間と場所において瞑想をする時間を設けます。
小さな祭壇に向かって日々の決まった短い時間で祈ることから、次第に祈りのエリアや対象が日常生活の全てに広がっていきます。目の前に現れる人も物も事象も、ありとあらゆるものがĪśvaraであることを日常生活の中で見ていきます。それが習慣になっていくと、その背景までもがĪśvaraの法則と秩序によって見事に組み上げられていることが理解できていきます。そうすると、姿形として現れることのない、変化にさらされることなく滅びることのないakṣara brahma(アクシャラブランマ)を想い起こすことができるようになります。それがnirguṇa brahmaであり、自己の本質です。物理的な世界と思考や感覚器官で捉えられるものだけではなく、その背景が一つの法則としてつながり、それを支えている最も源であるparaṁ brahma(パランブランマ)を理解していく過程でとても重要になります。



