- Varṇāśrama 4つの人生の段階
- Sannyāsa(サンニャーサ)の本当の意味
- 4つのVarṇa
1. Guṇa vibhāgan(グナヴィバーガ)ー Mano guṇa(マノーグナ)思考の質による分類
・・3つの質
2. Karma vibhāga(カルマヴィバーガ)ー 義務による分類 - Bhagavānの創造によるvarṇa
Varṇāśrama(ヴァルナーシュラマ) 4つの人生の段階
人生には4つの段階があります。
- Brahmacārya (ブラフマチャーリヤ) : 人生の最初の24年間は学生期。学びに主眼を置いて学業に専念する時期。次のアーシュラマの準備期。
- Gṛhastha(グラハスタ) : 経済人、家庭人。家庭持ち養うことが最優先の時期。世帯主が執り行う儀式をする
- Vānaprastha(ヴァーナプラスタ) : 隠退準備期。夫婦関係は友人として過ごし、世俗的なことから身を退き充実した生活を送る。
- Sannyāsa(サンニャーサ) : 隠退期。どの段からでも隠退することができる。
生まれて最初の24年間はさまざまなことを学び、ヴェーダの文化の中では9歳からヴェーダーンタを学びます。その時期をbrahmacārya (ブラフマチャーリー)といい、結婚をせずに人間的な成熟をするための知識を学ぶことです。現代では厳密な体制ではなくなり、学んでいる間にsannyāsa(サンニャーサ)に進む人もいますし、家庭を持つgṛhastha(グラハスタ)になる人もいます。
- Gṛhastha(グラハスタ)は結婚して家庭を持ち、家族を養うことが優先になる時期です。結婚だけではなく、職業を持ち社会構造を担う一員として広く貢献する時期でもあります。Gṛhasthaであってもヴェーダーンタを学ぶことができ、karma yogaとして果たすべき役割をĪśvaraに捧げる祈りの儀式として行います。それによって内面的な成熟をします。
- Vānaprastha(ヴァーナプラスタ)は世俗的なことを手放す最終段階に入る準備で、子どもが成人することや、事業を次世代に継承することなど家族や仕事の役割を果たし終わるための時期です。
- Sannyāsa(サンニャーサ)は、知識を追求するために全ての義務が免除されます。
Sannyāsa(サンニャーサ)にはvidvad sannyāsī(ヴィドヴァドサンニャースィー)とvividiṣā sannyāsī(ヴィヴィディシャーサンニャースィー)という、生活様式と内面的な側面の2種類があります。Brahmacārya、gṛhastha、vānaprasthaのどの時期であっても、すでにこの知識が完成したjñānī(ニャーニー)の場合は、行い手の観念が解消しているため世間において何もすることがない、つまり求めることから自由であるため、もはや何の義務もないvidvad sannyāsī(ヴィドヴァドサンニャースィー)です。
自己の知識の探求に専心するjijñāsu(ジッニャース)で、真実と真実ではないものの識別があり、śama(シャマ)とdama(ダマ)によって執着のない平静さを持ち、mokṣa(モークシャ)以外に関心がない人はvividiṣā sannyāsaといわれるsannyāsī(サンニャースィー)の生活に入り、知識に専心すること以外の義務から自由になります。
もう一つ、āpat sannyāsa(アーパトサンニャーサ)があり、死を間近にした人がgṛhasthaのままでいるよりもsannyāsīになって死を迎えたいと考え、神々に誓いを立てるマントラを唱えて自らsannyāsīになることです。通常はguruから精神的な落ち着きが認められてsannyāsaの儀式を受けてsannyāsīになります。
Sannyāsa(サンニャーサ)の本当の意味
Sannyāsa(サンニャーサ)の本当の意味は、自分は行い手ではない、akartā(アカルター)であると理解している人です。つまり、足りない感覚からの欲求がなく、この世界は一時的なもので永遠ではないことを知っており、体験することで安心や喜びを得ることから自由になっている人です。それをsarva karma sannyāsī(サルヴァカルマサンニャースィー)といいます。その人は知識を完成させたjñānīであり、すでにmokṣaを得た人です。生きとし生けるものすべてがたった一人のĪśvaraであると理解し、満足に生きている人です。
4つのVarṇa(ヴァルナ)
1. Guṇa vibhāgan(グナヴィバーガ)
ー Mano guṇa(マノーグナ)思考の質による分類
・・3つの質
Guṇa(グナ)にはsattva(サットヴァ)、rajas(ラジャス)、tamas(タマス)の3つがあります。全ての人や物理的世界のあらゆるものはこの3つのguṇaのバランスによって現れています。
ここでは人間の成熟度を表す質の分類を見ていきます。
- Sattva :純粋な質、熟考の性質、探求、śānti(シャーンティ)静寂、śama(シャマ)、思考の統制とdama(ダマ)、感覚器官の統制
- Rajas :激しい質、大志や情熱が高く、手に入れるために猛進する
- Tamas :鈍い質、怠慢、無気力、怠惰
これらの質が左から優位順に4つの分類があります。
- Brāhmaṇa(ブラーンマナ):Sattva > rajas > tamas:根本的な価値を見る人。人生の目的などを考え情緒的に成熟した人で、探求者や哲学者など。
- Kṣatriya(クシャットリヤ):Rajas > sattva > tamas:大志に燃え活動的。他者の幸せに配慮し生命や富、自由を尊重する思考であり、良いリーダーとなる人。
- Vaiśa(ヴァイシャ) :Rajas > tamas > sattva:思考より個人の野心が最も大事で、他者への尊重や配慮なしにお金や権力を追い求める人。知的で利口な思考はあるものの、他者への陰謀や誤魔化し、搾取がある人。世界のリーダーになるために圧力をかけ周囲を苦しめ、リーダーとなれば破滅する。罪を犯すか野望を持ち、巧みな話術でお金を支払わせる利己的な人と、他者の利益を考えることができる人の両者がいます。
- Śūdra(シュードラ) :Tamas > rajas > sattva:やる気のなさから野心もなく、お金を稼ぐことすら無気力な人。野心を持っても叶える努力をせず妥協する人。
4つ目の質から急激に1つ目の質に行くことはありません。順番に成熟していきます。そのためにはdharmaに沿った生き方をするkarmya yogaの考え方が重要になります。1つ目の質まで成熟した人が、利欲して社会から引退する生き方のsannyāsīになることができます。
2. Karma vibhāga(カルマヴィバーガ)
ー 義務による分類
- Brāhmaṇa:ヴェーダーンタを教えることと儀式の司祭を務めること。社会から搾取せず人々の幸福のために祈り、最低必需品以外持たない。Śamaとdamaを訓練し、宗教的な行為をする聖職者。
- Kṣatriya :行政、司法、法の施行、防衛などで人々を統治しkṣatriyadharmaを守る。
- Vaiśa :商業、金融、農園、農業など、生産から運搬、販売などを含む。
- Śūdra :社会的機能を保持するために、他の人たちの手となり足となるための供給者。
どれが欠けても社会構造が十分に機能しません。どれも必要不可欠な役割であり、優劣ではなく地位や名誉、階級などでもありません。この分類構造は、かつて王族によって守られ、元々はその家に生まれれば家業を継ぐことが主でしたが、現代では家業よりもその人が就いた職業によって分類されます。
義務の面では4つに分類されていても、思考の質の面では異なります。例えば、義務はbrāhmaṇaであっても野心が強く他者からの承認を求めるvaiśaかもしれません。Karma yogaによって思考の質をbrāhmaṇaに成熟させていく必要があります。
どの義務であっても、karma yogaの考え方を持ち、今やるべきことが自分のすべきことであると理解していれば、自分の行いが全て捧げものになり、与えられるものもprasādaとして感謝でき、その役割を全うすることが喜びになります。それが思考の質から見たbrāhmaṇaです。
利己的な考えから利他的になり、満たされない個人の観念を持ち結果を追い求めるkartā、行い手から、結果に執着せず自由意志を使ってdharmaに沿い、満たされている自分から捧げる行い、karma yogaを通してakartā(アカルター)、行い手ではないことを理解していきます。人間としての成熟をしていくことで考えが浄化されるantaḥ karaṇa śuddhiを獲得し、最後の結論であるmokṣaが得られます。
Bhagavānの創造によるvarṇa
Bhagavadgītā 第4章 13節
चातुर्वर्ण्यंमयासृष्टंगुणकर्मविभागशः।
तस्यकर्तारमपिमांविद्ध्यकर्तारमन्ययम्॥१३॥
cāturvarṇyaṃ mayā sṛṣṭaṃ guṇakarmavibhāgaśaḥ |
tasya kartāramapi māṃ viddhyakartāramavyayam || bhagavadgītā 4-13(人々の)4つのグループ分け、義務や資質に基づいた分類が私(バガヴァーン)によって創られました。 私がその作者ですが、私は行い手ではなく、決して変わらないものであると知りますように。


